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生きています

お久しぶりです。読んでいる人いるんでしょうか。

非常にいろいろな事が休止している間にありましたが…。震災とかね。
私は東京都民で震災の瞬間はオフィスで働いていました。その後、深夜まで会社でかなりの数の同僚と篭城。何時間も歩いて帰るなんて、この足では無理ですしね。やっと動き始めた地下鉄に乗り、家に帰り着いたのが2時頃だったかと。まさかこんな事が起こるなんてね。

PCは新しく買いなおし、仕事もまぁそれなりに。
足ですが、相変わらず特に何も痛みも感じないまま手術せずに温存。

えーと、実は私、今度のお正月も喪中です…。
去年父が急逝したのですが、今年の3月に、姉も急逝しました。震災が理由では無いですよ。でも震災の直後だったので、かなりつらかった。地元に飛ぼうかと思ったけど、母に止められまして。あの頃は本当に何も先が見えなくて、原発からも目が離せず…(今もそうですが)。こっちに戻ってきて東京に戻れなくなったらどうするの?といわれ、結局戻りませんでした。今考えれば戻れなくなるなんてあるわけ無いでしょってなもんですが。

震災でだいぶ参っている所に姉の訃報で、本当に苦しかった。
今はだいぶ落ち着きましたが。

バイトから契約社員に登用され、財政状態はだいぶ改善されましたが、家族の件と仕事のストレスで、酒に逃げている生活を何とかしたい今日この頃です。

またblogを時間があれば触っていこうかな、なんて思っています。

それではまた。
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パソコンが壊れました

新たなパソコンを買うまで、休止します。

といっても、今までも亀だったから余り変わらない気もするのですが…。あーあ…。

色々なことがありました

またまたご無沙汰していました。
3月の検査結果は後日UPしますが。


2月の12日に、父が急逝しました。


2月11日に、姉から電話が来ましてね。「お父さんぼけたかもしれないよ」と。
「リモコンの使い方がわからない」とか言ってるぞと。
私としては、ぼけた云々よりも、脳梗塞とか脳に何かが起きてるんじゃないかって方が心配だったんです。
あいにくその日は確か祝日。
明日朝からすぐに病院に行かせるようにする、と姉と電話で相談。

その次の日の朝、「そろそろ家を出るか」と会社に行くため鍵を持ったところで携帯がなりました。


こんな時間帯に電話がかかってくる事事態が既におかしいわけです。

前日の電話のこともあったし、「何かが起きたな」と思いました。検査結果が悪かったのか?と思ったけど、こんなに早くに結果がでるわけないだろうし・・・。
やっぱり脳梗塞とかで、救急車で運ばれたりしたのかな?と思い、電話を取ったら「お父さん、死んじゃったよ」と。

そこから凄く大変でした。

上司に電話して、飛行機調べて、荷物纏めて、お金下ろして、喪服出して、とか・・・・・。その日の昼過ぎの飛行機に飛び乗って地元へ帰省。

ご家族の葬儀をされた事のある方ならお分かりかと思いますが、本当に大変です。おまけに、父は生前から宗教が大嫌いな人でした。戒名も墓も要らないと言ってましたよ。なので、無宗教スタイルの「お別れ会」というものにしました。お線香もあげないし、坊さんも来ないし、戒名もありません。祭壇のような形にして、お花を手向けるんです。

あと、父が凄く好きだった歌をコンポでずっとかけてあげました。

今はこういうスタイルの葬儀にする人も増えたようで、葬儀社の方も非常に良くしてくれました。流石に、納棺や体を綺麗にしてあげたりとか、そういう事は、素人ではできません。納棺師の方は、本当に良くしてくれました。父の尊厳を守ってくれた。

思うに、リモコンの使い方が解らないとか、やっぱり彼の体の中では何かしらが起こっていたんだなぁ。と思います。
母は凄く大変だったみたいです。夜中に救急車呼んで、救急病院で心臓マッサージしてもらって、30分経ったところで「ありがとうございます、もう良いです」と言って・・・・。その後遺体を自宅まで戻したら、今度は警察。自宅で死ぬと、警察くるもんなんですね。そのまま悲しむ間もなく葬儀社を探したり・・・・。本当大変だったと思います。


結局、地元には一週間ほど居たけれど、初めの3日間は完全に徹夜。その後も一日2時間ほどしか眠れないままのハードスケジュール。東京に戻ってきたらすぐ次の日から仕事。
おまけに、これは家族には言わなかったのだけれど、私、東京に「ドルナー」という肺高血圧症の薬を忘れてしまったんです・・・・・・・。さすがにステロイドと免疫抑制剤など、他の薬は全部持っていったのに、なぜかドルナーだけ忘れてしまった。おまけにこの忙しさ。なんだか最後の方、息苦しくなってきたりもして、完全にまずい感じだったんです。

東京に戻ってきて、初の通院が3月頭だったのですが、凄く不安でした。悪くなってると思ったから。

結果は、確かに少し悪くなっていたけれど、薬を増やしたら入院したりっていうほどでは全然ありませんでした。


1ヵ月経って、少し精神的に落ち着いてきたところで、やっとblogを更新。

少しずつ、こうして思い出に変わっていくんですね。

近況

それで、結局足は今どういう状態なの??という質問を、コメントや拍手、メールでちょいちょい頂いています。
そういえば確かに、足に関しては今どういう状態なのかっていう事は、書いてないですね。というのも、このblogでは壊死発覚から始まり、そこから現状までさかのぼってくる予定だったのが、のたくたと亀の歩みでまとめているせいで、一向に現状まで来れてないからなんですけど。


今の状態は


・杖は基本ついていません
・小走りくらいならいけそうな気がしますが、やりません
・痛みは、たまに感じる事もありますが、ほとんど感じません
・周りから見たら、全く何も気づかないと思います
・たまに右足に違和感を感じる事も増えているので、右もそろそろ始まったっぽいです
・痛み止めは前回いつ飲んだか忘れるくらい、飲んでいません
・胡坐だったり開脚だったり、無理をすると普通に痛いし、無理しすぎると次の日も痛いです
・でも、その後無理せず普通に暮らしていたら、数日で痛みは消えます
・ごくたまに膝も痛みます
・10月に病院の足の通院日でしたが、忙しくて行きそびれたままです




こんな感じです。

痛くなくても杖はつくのがいいのでしょうが、痛みが無いとやはり杖からは手が遠のきます。
多分、陥没はしていないと思います。確かめたわけじゃないですが。

他の壊死患者さんでも、良く「発症当時が一番痛くて、むしろ時間が経ったらあまり痛くなくなった」とコメントしている人がいます。石灰化?しているのではとの話もあるようですが、よくわからんです。調べてないです。

医療的な事を抜きにして、私が思う「段々痛くなくなってくる」の原因ですが、段々無理をしなくなってくるからっていうのもあるじゃないでしょうか(陥没したケースは別として)。
それは、意識して階段や歩行量に気をつけるっていうだけじゃなく、無意識の部分での影響も大きいのではって思うんです。歩く時・座る時・立ち上がる時のちょっとした力の入れ方や足の向きであったり、筋肉の使い方であったりとか。弱った足を庇うようになってるんじゃないかって思います。

ただ、そういった無意識に力を筋肉に入れたりなどが長引くと、どんどん筋肉や関節が硬くなり、筋肉のこわばりで痛みを感じるようになるって話も聞いた事があります。軽いストレッチとマッサージは毎日やってるのですが、明らかにやったあとは凄く足が楽になります。痛みはなくともだるさは酷いのでね。なので、マッサージとストレッチは、かなり重要とワタシは思っていますよ。


そんなこんなで、毎日何とか働きながら、一人で暮らせている私です。
去年も言ってましたが、本気で今年はウエイトコントロールをしないとそろそろまずいですね。せっかくいい状態で足が来ているのに、体重で足に負担を与えたら最悪ですものね。

2010年初の通院日

2010年初めの通院を済ませました~。

20101-1


20101-2


大きな変化が無いってすばらしい。ここまで来るのにどんだけ掛かった事か。

で、今回は、いつものお薬の他に目薬を足して出してもらいました。ちとこの頃目が乾くような。涙の量の検査、そろそろやった方がいいのかも知れないです。

実は、年明けから転職で、新たに職場に。仕事内容や職場の人間関係・環境等、非常にやりやすいところでとても働きやすい。が、結構忙しいので、ほんとうボヤっとしている時間はすね。たまに一息つけるくらいで。なんで、疲労感が半端ないです。夜早めに寝るようにはしているんだけれど、まだ体が慣れません。

再燃するほどの忙しさでは無いですが、もっと体がなれるまでは無理せずやっていきたいなと思っています。どっちかというと、肉体的なストレスよりも精神的なストレスの方が、一目瞭然に数値や体に出る病気かなと私は感じていますよ。経験上ね。


仕事ができる幸せ。自分の力で自分の生活を組み立てるやりがい。この二つを時に犠牲にしなくてはならないのが、この病気の一番の苦しみかも。

新型インフルエンザワクチン

先日通院日で、新型インフルエンザのワクチンを打てないのかと、主治医に聞いてみたのですが・・・・。とっくの昔に掛かりつけの大学病院では打ち終わったそうで。

というか、凄く少ない数しか割り当てられなかったとか。職員も打ててないそうで。膠原病患者さんは50人ほど入院しているそうですが、そのうち打てたのは3人とか?この人には打たないと~、という人を厳選して打つほか無かったそうで。

なので私が打てるはずもなく・・・・。一応「優先証明書」みたいなのを発行してもらったんで、これを他のワクチンのある病院へ持っていくと優先的に打ってもらえるとか何とか・・・・。でも、結局他のところにもワクチンは無いっていうし、この証明書は何の意味も無いと思うんだけど。あと、別に強制力はこの紙には無いと思うんですよね。

あと、他の病院で打って貰えって言われても、他の病院でかかりつけは特に無いので、電話して聞いてみたりしないとならんって事ですよね。ワクチンありますか?って聞くのかしら・・・・。もともとそこを掛かりつけにしている人たちを差し置いて、ワクチンうちに行くってのも何だか・・・・・。うぅ~む。

別にもう打たなくてもいいんじゃないかという気までしてきたんだけど、それはまずいんでしょうかねぇ。

プロフィール

阿部

Author:阿部
10代前半にSLE発症。じたばたしつつも東京都内で一人暮らしで自活中。膠原病(SLE)、大腿骨頭壊死症(両足)、二次性肺高血圧症、パニック障害(軽度)を患いつつも働いてます。

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